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「…懐かしいな。」
ははっと成歩堂は笑う。
「あのとき、御剣さ、『飛行機雲は、早く追いかけないと消えてしまうのだよ』とか言いながら、ずっと上を向いて走っててさ。電柱にぶつかってたよな。」
「ア、アレは先にキミと矢張が周りも見ずに飛び出していったからだろう。車にでもぶつかったら、と心配してだなっ。」
「そうだっけ?」
「そうだ! だいたいキミも矢張のヤツも、ひとつのことに夢中になると周りが見えなくなる性格だ。危険極まりない。」
「それって、絶対お前に言われたくないけどね…。」
何か言ったか、とジロリと睨んでやると、彼は逃げるようにまた空を見上げる。
「あー眩しい。やっぱり外で遊ぶときは、帽子が必要だよなあ。」
(小学生か、キミは…)
わたしは、馬鹿みたいに口をあけて空を見上げる彼を横目でちらりとみた。
法廷を離れると、そんなふうに急に幼くなってしまう彼に戸惑い、胸がざわめく。
それは遠い記憶。
彼と過ごしたあのどこまでもキラキラと輝いていた日々を呼び起こすとともに、明らかに当時とは違う 、胸の高鳴りを自分のうちに見つけるからだ。
(見苦しい、な。…わたしは)
横にいる男は…私が今、どんな想いでいるかも知らず、無邪気に笑う。
「そろそろ事務所に戻るよ。お前がまた日射病になったら困るし。」
「…ム。」
「ほんとは…もうちょっとこうしていたいけどな。」
…ぎくり、とした。
まるで自分の心の中を見透かされたような、居心地の悪さが胸の中に広がる。
「今日、事務所のトイレ掃除頼まれてたんだ。昨日、真宵ちゃんにアイス買って帰るの忘れちゃってさ 。」
彼は頭をかいた。
「相変わらずぼうっとしている男だな、キミも。ならばこんなところで道草を食っていないで、早く帰りたまえ。」
「うるさいなー。夏のトイレ掃除って大変なんだぞ。ムっとして、ムワっとして。」
「手伝ってやれなくて、本当に残念だ。」
「心にもないこと、言うなよ…。」
わたしは笑った。
まあいいや、と彼は肩を竦めて言う。
「付き合ってくれて、ありがとうな、御剣。」
その顔がどこか寂しげに見えたのは…きっと、わたしの気のせいだろう。
わたしは、あの夏、傍にいたもう一人の小さな親友のことを思い出していた。
熱で意識は朦朧とし、彼がどんな顔をしていたかは覚えていない。
だが、残っているのは痛いほど強く握られた手の感触。
その先にいたのは…
(成歩堂、キミだったな…)
わたしは空を仰いだ。前髪を風の手が緩やかに、揺らしていった。
飛行機雲は、どこまでも伸びる。
昔の想いを、長く、まるでひきずるように……。
やがてそれも、いつかは消えるのだろうか。
「次は法廷で会おう。」
「…そうだな。」
じゃあ、とすれ違う。
その時、彼の指先は、かすめるようにわたしの指先に触れた。
残された記憶より、ごつごつとした感触。
もう以前のような少年のそれではない。
すぐに離れたその指の感触を、だが、消えないように、
私はそっと心の内に閉じ込めた。
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