眠れない夜





「おやすみ、御剣」

シャツ越しに届く胸の鼓動。男の手はゆっくりと前髪を撫でる。
心地よいその指の動きは、まるで眠れぬ幼子をあやすかのようだ。

静かな室内に響く、時計の秒針。それに重なるキミの呼吸。
窓を打つ雨の音だけが、やけに遠い。

御剣、と耳元に小さな囁き。

「眠れない?」
「…キミは私が寝るのを待っているのかね」
「そういうわけじゃないけどさ」
成歩堂は毛布を私の顎まで引き上げる。

狭いベットの中で触れた足の指先は、意外にひやりとしていた。


「僕は、好きな人の横ですぐに眠れるほど、鈍感じゃないんだよ」

「…………馬鹿か」

小さなつぶやきを、成歩堂は聞き逃してはくれなかった。

「馬鹿っていうなよ。本当のことなんだから、仕方ないだろ?」
「いいから、早く寝たまえ。明日も早いのだろう」
返事のかわりに、もう一度指の腹が私の頬を撫でる。 目を閉じ、胸に耳を押し当てた。

やさしき心音。

その音は、過ぎ去りし過去でもこれから起きるべく未来でもない。
ただ今、この幸福な時間を私に告げる。

(本当に、馬鹿だ)

キミと過ごす、初めての夜。

眠れぬ理由は、 きっと…私も同じなのだ。


                                        
         
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