蒸し暑い日々が過ぎ去ると、日差しは痛いほど強さを増す。
季節は八月。梅雨は明け、空の天蓋は鈍色から深い青へと塗り替えられた。
警察署を出たわたしは、一度だけ空を見上げて、小さく息をつく。
クールビズで署内の温度は、冷えすぎないようになっているとはいえ、
外と中の温度差は否めない。
一瞬にして浮かんだ背中の汗を逃がすように、僅かに襟元を緩めた。
(今日も暑くなりそうだな…)
普段ならそのまま駐車場に向かうその足を止めたのは、
入り口で呆けたように空を見上げる青色の弁護士の姿を見つけたからだ。
「そのような顔で見ても、暑さは変わらないぞ。」
彼は黒目がちの目を瞬かせると、軽く手をあげて私に応えた。
「この前までの、雨がウソみたいだね。いよいよ夏本番だな。」
「うム。梅雨で湿ったキミの頭の中も、少しは風通しがよくなるのではないか。」
「あいかわずだなあ、お前。」
わたしが笑うと、相変わらずへらりとした笑みが浮かぶ。
「そうだ、御剣。ちょっと時間ある?」
「ム。これから現場へ向かわなければならないのだが…。」
いいから、ちょっとだけ、と成歩堂はわたしの袖を引っ張ると、
入り口から歩いてすぐの一般用屋外駐車場へと連れ出した。
古びたフェンスに囲まれた駐車場に人気はなく、車の数もまばらだった。
「ほら、上みて」
法廷ではわたしを指す指先が、今日は更に高く持ち上げられる。
わたしは空を仰いだ。
それは長く伸びる飛行機雲。
真っ青な空に描かれた、一筋の軌跡。
その潔いほどの白さに、わたしの中の遠い記憶が蘇る。
そう、あれはちょうど夏休み。
飛行機雲がどこまで伸びているかを確かめようと、成歩堂、そして矢張とともに街中を走り回ったことがあった。
今思えば、意味もなく、途方もない話だが、当時はその先に何かとんでもないものが待っているような気がしたのだ。
どんどん走って、走って、走って…周りの見慣れた街の風景は、徐々に見知らぬものへと変わっていく。
額に流れる汗を手で拭い、目に痛いほど鮮烈な青を仰ぎ見ながら、わたしたちはただ走り続けた。
やがて雲は薄れ、輪郭を曖昧にしてゆく。
息がきれたわたしを、それでも、あの二人は置いていくことなく、時折振り返り、大きな声で笑いながら呼んでいた。
はやくこいよ、と。
むせ返るような、夏の熱気。地面に落ちた、濃い二人の影。
どこまでも広がる無限の青…。
ふと気がつくとわたしは、木陰で寝かされていた。
“驚かせンなよ、御剣〜”
今にも、泣きだしそうな親友、矢張の声。
あの時、私は日射病で……倒れたのだ。
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